親爺の鬼平 - 艶物話

-- お盗め --

事 始 め
言わずと知れた
お 盗 め
嘗  帳
市中探索
文庫7
文庫 8 − 「あきれた奴」
  おたまという女の子を生んでから、おたかは尚更にしあわせそうであった。細かった躰がみっ
 しりとした肉置きになり、女ざかりの凝脂で浅ぐろかった肌までが白くなったようにさえおもえ
 た。
 「ありゃあ何だね。おたかはよっぽど、又八さんに可愛がってもらうにちがいない。それでなけ
 りゃあ、女もああは変らないものさ。このごろのおたかを見ると、私でもひょいと手を出したく
 なる。へ、へへ……」
  などと、いい年をして女あそびの好きな伊勢屋の番頭が、若い奉公人たちへいったそうな。
文庫 8 − 「流星」
  幕府も、この事件を重要視した。
  若年寄の京極備前守高久は、長谷川平蔵を、わざわざ私邸にまねき、
 「組屋敷の内外に人数を備えていたのでは、人手不足になるであろうが、どうじゃ?」
  と、きいてくれた。
 「ははっ……」
  平蔵は平伏し、このときばかりは、
 「泪が出るほどに……
  うれしかったそうである。
  それはそうだろう。
  四谷の組屋敷にいる配下の家族たちをまもるための警備に人を割いてしまうと、かんじんの火
 盗改メの御役目が、どうしても手不足にならざるを得ない。
  といって、組屋敷の警備を、
 「おろそかにすることはできない」
  のである。
  実のところ、この二、三日、平蔵は、このことのジレンマに悩みぬいていたのだ。
  沖のほうは、別の座敷で昼すぎから死んだようにねむりこけているらしいが、杉浦は、昨夜か
 ら一睡もせず、三人も妓をかえて責めさいなんでいるのだ。
  すさまじいばかりの杉浦の性慾であった。
  金ずくで人を殺める男たちは、その気になれば半年でも一年でも、女を断つことができる。
  そのかわりいったん女体に手をかけるとなると、狂気のごとく性慾を発散させる。自分が手に
 かけた人びとの流血に堪えていたこころが、何も彼も忘れ果てようとして、そうなるのかも知れ
 なかった。
  小肥りの妓が汗みずくになり、杉浦要次郎になぶられていた。
 「もうやめて……かんにんして下さいよう」
 「畜生め、畜生め……」
  うめきながら杉浦は、汗にぬれ光った妓の乳房へがぶりがぶりと噛みついたものである。
 「きゃあっ……」
  妓が悲鳴をあげた。
 「何をわめく。だまっていろ!!」
  見る見る、女の乳房へ血が滲んできた。
  必死になった妓が杉浦を突き退け、
 「たっ、助けてェ……」
  全裸のままで廊下へ逃げた。
  妓の躰は傷だらけ痣だらけになっている。
文庫 8 − 「白と黒」
  その墓石の間をぬって、いましも一人の女が亀太郎の家の裏手へ近づいて行くのを見つけたお
 まさが、彦十に、
 「色の浅ぐろい、痩せた女だねえ、小父さん」
 「む。ああいう女にかぎって、色のほうもすきまじいのだよ」
 「ま、いやな……」
  ささやきかわすうちに、くだんの女は、すいと亀太郎の家へ消えてしまった。
  待ちかまえていた平蔵に彦十が、亀太郎の家の縁の下へもぐりこんでからのことを語った。
 「……いえ、その痩せた女のすさまじいことといったら、おはなしにも何もならねえので……」
  と、五十をこえた彦十が、むしろ、はずかしげに、
 「家の中にいた亀太郎と、その女が、おっぱじめたときの凄さというものは、実にどうも、ひで
 えもので……」
 「彦十。お前、見たのか?」
 「とんでもねえ。やつらの声と物音を、きいただけでもわかりまさあ」
 「ほう。そんなに凄まじかったか」
 「原っぱの中の一軒家をさいわいに、亀と女がのたうちまわるありさまは、大変なもので……わ
 っしのあたまの上の根太が落ちゃあしねえかと、おもいましたよ」
 「まるで地震だなあ」
 「まったく、男と女の地震は、鯰どころじゃあねえ」
 「それから、どうした?」
 「それがさ、銕つぁん。際限もなく、つづきゃあがるので、いいかげん、まいってしめえました
 よ」
 「むかしを、おもい出したのじゃあねえか、彦十」
  がらりと平蔵の口調が〔本所の銕〕のころにもどった。
 「とんでもねえ。ああいう女と男は、たがいに顔がきれいだとか様子がいいとかいうのではねえ。
 天性そなわった色の魔物が、躰の中に巣喰っているのでござんしょうよ」
 「あは、はは……色の魔物か。彦よ、お前も乙なことをいうではねえか」
  これには、そばできいていた佐嶋忠介も、ふき出してしまった。
  その女は、昨日の女ではない。
  昨日の女は、亀太郎の家から一歩も出ずに、こもりきりになっている。
  今日の女は、昨日の女よりも、ぐっと若く見える。
  昨日の女は色が黒いが、今日の女は、ぬけるような白い肌であった。
  昨日の女は痩せていたが、今日の女の躰は、どこもかしこも、
 「遺憾なく……」
  ふくらみきっている。
  このふたりの女をくらべて見たとき、張りこんでいた盗賊改方のいずれもが、
 「あの女ふたりは、深川の長崎屋と船橋屋を荒した下女泥ではないか……?」
  と、感じた。
  密偵たちも、去年から下女泥の人相書になじみつくしてきているだけに、佐嶋が、いちいち意
 見をきいてみると、彦十も五郎蔵もおまさも、
 「間ちがいないと存じます」
  と、こたえた。
  そのころ……。
  雨戸をしめきった、せまい部屋の中で亀太郎は、お仙・お今の〔下女泥〕を相手に、汗みずく
 となってうごめいていた。
  三人とも、全裸である。
  うす暗い部屋の中に、三人の汗とあぶらのにおいが強烈にむれこもっている。
  人が外から人って来たら、たちまちに嘔吐してしまったろう。
  なんともいえぬ悪臭であった。
  しかし三人の嗅覚は、すでに麻癖してしまっている。
  亀太郎は、何刻もの間、女ふたりのいうままに姿勢を変え、命じられるままに烈しくうごきつ
 づけて、さすがの彼も疲労困憊の極に達していた。
  感覚が麻痺しかけて、ぐったりと仰向けになった亀太郎の躰へ、自と黒の女ふたりがおおいか
 ぶさり、むさぼることをやめぬ。
 (ああ……このおれが、こんなおもいをするとはなあ……)
  それでも亀太郎は、うっとりと、女ふたりのなすがままにまかせているのだ。
  うれしくてうれしくて、
 (もう、いつなんどき、死んでしまっても、悔はねえや)
  なぞと、おもっている亀太郎であった。
  雨戸を蹴破って躍りこむ佐嶋、山田、小柳の三名が、
 「盗賊改メだ。神妙にしろ!!」
  怒鳴りつけると、
 「あれェ……」
 「きゃあっ……」
  女ふたりが盗賊にも似合わぬ悲鳴を発した。全裸で、とんでもないことをしているところへふ
 みこまれたものだから、さすがに動転したものであろう。
 「うわ……」
  と、おどろいたが、亀太郎は、それでも男だ。素裸でも何でもかまってはいられない。
  つかみかかる山田市太郎の腕の下をかいくぐり、外へ飛び出したものである。
  木蔭からこれを見ていた平蔵が、
 「ぷっ……」
 たまりかねて、吹き出した。
  巣鴨に家を借りる手つづきをしてくれたのは、お今の叔父で、これも小泥棒の〔湯舟の松蔵〕
 という老爺であった。
 「さあ、それからというものは、一日一日が、まるで変ってしめえました。お今とお仙にいろい
 ろと教えられ、躰のあっちこっちをいじりまわされているうち、手前が女どもにどんな男なのか、
 それが、はっきりとわかってめえりました。へえもう、いくらでも、ちからが出てめえりまして
 ……もう、おもしろくておもしろくて、たまったものじゃあねえ。男と女のあのことの底は、へ
 い、まことにその深え深えもので……こいつ、盗めするよりもどんなにか、おもしろいことだろ
 うと、へい。
  それに、私も二十七のこの年まで、こんなに……こ、こんなに可愛がられたことはござりませ
 んので、へい……」
  と、感きわまったかして、もんどりの亀太郎が男泣きに泣きはじめるのを、平蔵はじめ一同、
 顔を見合せて笑うわけにもゆかず、
 「あんな奴を捕えたのは、はじめてのことよ」
  帰ってから平蔵が、久栄にいった。
文庫 8 − 「あきらめきれずに」
  その折、長谷川平蔵が、くすくすと笑いながら久栄に、こういった。
 「……なにしろ、あの浪人盗賊が、あきらめきれずに迎えに来たほどのお静さんゆえ、どこか、
 よほどによいところもあるのだろうよ。見たところは、あまりぞっとせぬ年増だが……女に疎い
 おれの眼には、しかとわからぬ」
 「まあ、そのように……」
 「そのように、なんだな?」
 「御冗談を……お若いころは、もう、さんざんに……
 「まことのことだ。お若いころのことは、みな忘れてしもうた。いまの長谷川平蔵は、女のこと
 など何も知らぬ。何もわからぬ。いたって無粋な男になってしまった。うふ、ふふ……」

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