親爺の鬼平 - 艶物話

-- お盗め --

事 始 め
言わずと知れた
お 盗 め
嘗  帳
市中探索
文庫7
文庫 7 − 「雨乞い庄右衛門」
  若い躰にまわってくる酔いを、屋根打つ激しい雨音がそそりたて、伊太郎が見る見る昂奮して
 きた。
  それと見ながら、そ知らぬ顔で、
 「この雨がやむと、また、朝晩が冷えこむねえ」
  ひとりごとのようにいい、盃を置いてお照は、髪へ手をやった。
  わざと高くあげた右腕の腋の、くろぐうと陰ったあたりへ、伊太郎の眼が吸いよせられている。
  夏は去っていたが、
 「あたしの躰は、いつも火照っているものだから……」
  といい、お照は単衣一枚でえりもとをくつろげ、むっちりと張った乳房の上部をのぞかせては
 伊太郎をさそいこむのであった。
  伊太郎の喉が、ごくりと鳴った。
  伊太郎の手から、盃が音をたてて膳へ落ちた。
  お照は眼で笑い、
 「酔ったよう、今夜は……」
  寝そべって、手まくらをしながら、
 「伊太郎。煙管を取っておくれな」
  伊太郎が煙草盆と煙管を取り、お照の背後から差し出した。
  身をよじって、煙管へ手をかけたお照へ、伊太郎が飛びついてきた。
 「あれ、何をするのさ」
 「ごめんなさい、ごめんなさい」
  うわごとのようにいいつつ、伊太郎はお照を抱きしめ、はだけた胸肌へ顔を押しつけてくる。
 伊太郎の濃いひげあとが乳首にふれると、たまりかねたお照も双腕をのばして伊太郎のくびすじ
 を抱えこみ、
 「そんなに、好きかえ、あたしのことが……」
 「好きだ、好きだ……」
  このところ、十日ほどは伊太郎を遠ざけていたお照だけに、男の獣のような若い体臭を嗅ぐと、
 われを忘れた。
 「伊太郎。今夜は、あたしの好きにするからね」
  はね起きて伊太郎を押し倒し、右手で男の着物をはぎとりながら、
 「うんといじめてやる。だから、今夜は覚悟をおし」
  もどかしげに、お照は左手で自分の帯を解きはじめた。
  ……二人が、裸身をぐったりと畳の上へ投げ出したとき、雨はやんでいた。
  雨がやんでいることに、そのとき二人は、はじめて気づいた。
 「あ……」
  お照が、汗まみれの半身を起した。
文庫 7 − 「隠居金七百両」
 「ああ、快なるかな、快なるかな」
  つぶやきつつ辰蔵が、木陰から何気もなく田舎道を見やると、姿見橋をわたって〔笹や〕のお
 順が、こちらへやって来るではないか。
  小柄ではあるが、胸も腰もみっしりと肉づいたお順の躰が質素な着物からはじけ出しそうに見
 える。現代はさておき、そのころの女としてはおせじにも、「美い女」といえぬお順なのだけれ
 ども、
 「いや、あの丈夫そうな、血の色がみなぎっているところがなんともいえない。そばへ来ると、
 実によい匂いがしてね。いや白粉の匂いなんかじゃない。甘ずっぱい木の実のような……ああい
 うむすめを、私は、はじめて見たな、弥太郎さん」
  などと辰蔵は、大満悦なのだ。
  いま、砂利場村の小道には、他に人影も見えぬ。
 (しめた。よいところで出合ったものだ)
文庫 7 − 「はさみ撃ち」
 「月のうち、二度や三度じゃあ、とても私ぁ、がまんができなくなってしまいました。ねえ、お
 かみさん、なんとかして下さいよ、ねえ……」
  おもんの耳へ唇をつけ、熱い息といっしょにうわごとのようなささやきを吹きこみつつ、男の
 手が魔術師のように、やすみもなくうごいている。
  あたたかく春めいた日和だったし、炬燵の中で、三十男と三十女が際限もなくたわむれている
 のだから、たまったものではない。
  おもんは男に、自分の躰のどこをどうされているのだか、それもわからぬほどに、のぼせあが
 っていた。
  衣類をつけたまま抱かれているのだけれども、まるで素裸になったようなおもいがしている。
  男と密着している肌身の部分から烈しくつたわってくる官能のよろこびが、腰から腹へ、胸へ
 ……背中から逆流するように足の爪先にまでゆきわたりはじめると、おもんは懸命に食いしばっ
 ていた唇をゆるめ、鉄漿をつけた歯をのぞかせ、われにもない声をもらしはじめた。
  それでいて、この男はおもんのゆいあげた髪を乱すこともなく、別れぎわに鏡を見て身じまい
 をするとき、おもんはいつも目をみはるおもいがする。
 「夜ふけに……ねえ、夜ふけに、私が、おかみさんの寝間へ忍んで行きますよ。ね、かまわない
 でしょう」
  ぐったりとなったおもんのくびすじを左腕にささえながら、男がいった。
  次の間と寝間をへだてている襖のところへ、小兵衛が屈みこみ、にやりと笑った。
  襖の向うでは、忍びこんで来た針ケ谷の友蔵がおもんの床へもぐりこみ、秘術をつくして女体
 を責めつけている。
 「う、うう……」
  湯島・男坂の茶屋の中とはちがい、この同じ屋根の下には、夫も奉公人もねむっているのだ。
  おもんは長襦袢の袖を噛み、歓喜の叫びを堪えていた。
  堪えきれずに、
 「う、あ……」
  と、うめくのであった。
  女房の、そのうめきを襖一枚へだてたこちら側で、小兵衛がきいている。ききながら声もなく
 笑っているのである。
  中庭の塀から〔万屋〕へ忍びこんだ針ヶ谷の友蔵へ、
 「友さん。会いたかった……」
  植込みにしゃがみこんでいたおもんが抱きつき、友蔵の手をつかみ、おのが胸もとへさそいこ
 みつつ、男のひげあとの濃いあごのあたりへ歯をたてた。
  いやどうも、あの温和しいおもんの変りようはすさまじい。
文庫 7 − 「掻掘のおけい」
  もう「げっぷが出るほど、いやだ」とおもっている鶴吉なのだが、おけいのすさまじい秘技に
 あうと、若い躰がいうことをきかなくなってくるのだ。
 「さ、今度はこうおし」
  とか、
 「もっと足をお上げよ」
  とか、おけいは勝手ほうだいなまねをする。
 (畜生め。なんで、こんな女から、おれは逃げられねえのだ。なんで、この女を殺してしまわね
 えのだ……)
  くやしさに泪をうかべながらも鶴吉は、いつしか、おけいの狂乱のような性欲の底へ引きずり
 こまれて行ってしまうのであった。(中略)
  ささやきかけながら、おけいの舌先が、鶴吉の胸肌から腹のあたりへちろちろと移行しはじめ
 た。
  それにしたがって、おけいの、おどろくほどに量感をたたえた横腹や臀部が、仰向けに寝てい
 る鶴吉の眼の前へあらわれ、
 「うっ……」
  おけいの太股を鼻先へこすりつけられ、鶴吉はおもわずうめいた。
 「忠吾よ。お前が鶴吉ならきっと、掻掘のおけいがいうままに逃げてしまったろうな」
  と、長谷川平蔵が同心・木村忠吾にいった。
 「まったく……」
  忠吾め、反撥をせず、
 「まことにもって、凄い女で……」
 「見て、なんとおもった?」
 「抱かれて見たいとおもいました、一度だけでも……」
 「ばか」
文庫 7 − 「盗賊婚礼」
  そのころ……。
  清水門外・役宅の寝間で、長谷川平蔵は久栄に肩をもみほぐしてもらいながら、
 「ああ、極楽、極楽……」
  独活のぬか漬を肴に、寝酒をやっていた。(中略)
 「おお、行って来たらよい。目白台からせがれをよびよせ、供につれて行け。または木村忠吾な
 どに供をさせてもよい。お、そうじゃ。すじ向いの駒込神宮の傍に瓢箪屋という、小体な料理屋
 がある。墓詣りをすませたら、そこで昼餉などしたためてくるがよい。格別のことはないが、念
 の入ったものを食べさせるし、何よりも清々として気分のよい店ゆえ……」
 「では、近いうちに……」
 「もうよい。すっかり凝りがとれた」
 「では、これにて……」
 「ま、よいではないか」
 「はあ?」
 「たまさかには、おれが寝間でやすめ」
 「まあ……おたわむれを……」
 「何を、おどろく。おかしな奥方さまじゃ」
  近江屋の奥の一間へ入ると、繁蔵が若い女をひざの上へ抱えあげ、
 「この、お前の躰を弥太郎の好き自由にさせるのかとおもうと、私はもうどうにも、たまらなく
 なってくる……」
  いいさして、女のくびすじへ大きな顔を埋めていった。
  両眼をとじた女の受け唇の間から、ちろりと舌の先がのぞいていた。
  あえぎながら、女がいった。
 「だって……だって、このことは、お頭のたくらみなすったこと、じゃありませんか……」
 「それはそうだが……ま、辛抱をしてくれ。長い間ではねえ。たかだか一月ほどのことだ」
 「でも……」
 「でも?」
 「私が、どこまで生むすめに化けられるかしら……」
 「そこが、お前の腕だ。よし、ばれたとしても弥太郎をうまくいいくるめてくれれば、それでい
 い。なに、この……この、お前の、やわらかい肌身をいったん知ったからには、どんな男だって
 お前……」

← お盗TOP へ
次へ →
文庫8
文庫9