-- お盗め --
文庫 6 − 「猫じゃらしの女」 |
火付盗賊改方の密偵・伊三次の躰の下で、女は、まるで瘡にかかったように、四肢を烈しくふ るわせ、白眼を剥き出しにしてしまい、 「ああ、もう……もっとだよ、伊三さん。も、もっとだったら……」 無我夢中の声をふりしぼっている。 何を「もっと……」というのか……。 つまり、もっと強く、もっと烈しく、伊三次に、 (せめたてておくれ) と、いっているのだ。(中略) およねが、小柄で細い、浅ぐろい肌の躰を汗まみれにして勝手なことをしたり、たわごとを口 走ったりしているのを見下しながら、おのれの腰で鳴る鈴の音をきいていると、 (この女は、ほんとに好きでいやがるのだなあ……) おもいもするし、 (けっ。ばかばかしい。おれをなんだとおもっていやがる。金をはらってたのしむのは、こっち のはずじゃあねえか) 急に、興ざめのかたちとなってしまった。 |
文庫 6 − 「狐火」 |
おまさは二代目にいい、中二階の一問きりのせまい部屋へ上って、床をのべはじめた。床をの べながら、おまさは二代目が上へあがってくる気配を知り、知りながら逃げなかった。 「おまさ……」 二代目・勇五郎が、おまさを背後から抱きしめ、 「会いたかった……」 「い、いけませんよ、二代目。いけ……」 「先代は、もういねえのだ」 勇五郎の熱い唇をうなじへ押しつけられたとき、もう、おまさは、 (どうにでもなれ……) と、おもった。 「あ……二代目……」 「か、変らねえ。お前は、ちっとも、変っちゃあいねえ」 「でも、こんなじゃあ嫌。あ、汗をふいてから……ふいてからにして……」 「お前の汗の、どこがいけねえ」 「ああ…もう……」 堅く引きしまった勇五郎の筋肉の中へ、おまさの躰が巻きしめられていった。 「に、二代目……もう、おかみさんが……?」 「いるものか、いるはずあねえ」 「ほんとうに……?」 「お前、なってくれるか、女房に……」 こたえはなかった。そのかわりおまさは、われから双腕に渾身のちからをこめ、勇五郎の背を 抱きしめていったのだ。 |
小房の粂八が、酒を買いに岸へあがった後で、相模の彦十が平蔵へ、 「いや、どうも……おもいがけねえ場所へ来たもので」 「まったくなあ……」 と、長谷川平蔵がほろ苦く笑って、 「あの板塀に囲まれた家は、先代の狐火が・・・・・・お静と住んでいたものだ。彦や。おれだって、 ちゃんとおぼえていらあな」 「へっ、ヘへ、へ……」 「妙な笑い方をするな」 「二十年も前になりやすねえ」 「そうさ」 「長谷川さまは、先代・狐火の妾のお静さんとできちまった。それをまた、まだ十二か十三のお まさが、小むすめのやきもちをやいてねえ」 「そんなことが、あったのか……」 「とぼけちゃあ、いけませんや」 「あのころの、おまさは、まだ子どもよ」 「女の十二、三は、躰はともかく、気もちはもう、いっぱしの女でござんすよう」 |
お静は無口だが、誠実な女で、まだ商売の水になじんでいないところが、先代の気に入ったの である。 そうした若いお静へ、先代の狐火は、わざと地味な衣裳を着せてみたり、そうかとおもうと 〔だるま返し〕のようなくずれた髪かたちをさせたりして、たのしんでいたものである。 「お静はいい。こんなにおとなしい女を見たことはねえ」 と、先代は大よろこびで、なめるようにして可愛がった。 当時の彼は四十五、六歳であったろうか。盗みばたらきもあぶらが乗りきったところで、大仕 事の後の骨やすめには、おもいきり金をつかって遊んだ。 そのころの鶴の忠助や相模の彦十と、長谷川平蔵とは切っても切れぬ間柄であったから、当然、 先代の狐火にも引き合わされ、 「おもしろいお人だ。御旗本の御次男坊でも、若いうちは、いろいろなことをしておきなさるが 薬でございますよ」 暴れ放題に暴れていた若い平蔵を隠れ家へ呼び、酒をのませたり、泊らせたり、 「ほれ、遊んで来なせえ」 ぽんと、小判を何枚もくれてよこしたりした。 さ、そこで……。 平蔵とお静が、できてしまったのである。 先代が、小田原にいる妾のお吉と又太郎のもとへ出かけている間に、二人はだかかかか間柄に なってしまった。 手を出したのは、平蔵のほうだ。(中略) 「お前さんは、武家方のお子だ。人のもちものを盗っちゃあいけねえ。盗人のおれが、こんなこ とをいうのはおかしいようなものだが、お前さんだからいうのさ。人のもちものでも、金ならま だゆるせる。だがねえ、女はいけませんよ」 きびしくきめつけられて、平蔵は、一言も返すことばがなかったという。 それから先代は、お静を平蔵に会わせず、江戸から京都へ連れ去った。女房がいる家ではなく、 別の所へお静を囲ったものらしい。 |
「二代目・狐火の勇五郎は、京の仏具屋、今津屋又太郎として、一月前に、みまかりましてござ います」 「死んだと……」 「はい」 「もしや……もしや、おれが切り落した腕の傷が原因になってではないのか?」 「いいえ……」 「では、どうして?」 「流行病いにかかりまして……」 そういえば、この春先に、京都では疫病が猜獄をきわめたことを平蔵もききおよんでいる。 「そうであったのか……」 「あっけないことでございました」 「気の毒に、のう……」 「ですが、おまさにとりましては、この一年足らずの月日が十年にも百年にも思えます。二代目 ……いえ、仏具屋又太郎の女房として暮せたのですから……」 「うれしかったか、それほどに……」 |
文庫 6 − 「大川の隠居」 |
「まだまだ油断はなりませぬ。立泉先生は、三月ほどやすむようにおっしやったではございませ ぬか」 「ばかな。あれは冗談と申すものだ。三月も寝ていてみよ。おれが躰に黴が生えるわ。よいのか、 それでも……黴だらけの亭主に抱かれて見よ、お前にも、その黴がうつってしまうぞ」 「ま、そのような大声にて……」 「もっとも、このごろは久しく、お前を抱かぬ。さて、この前はいつであったか……」 「おやめあそばせ」 白粥に半熟玉子、梅干という朝餉も、今朝は、ことのほかうまかった。 「久栄」 「はい」 「たのみがある。只の一服でよいのだが……」 「煙草、でございますか?」 「いっぷくといえば、煙草にきまっているではないか」 「なりませぬ。立泉先生より、煙草はかたく禁じられているではございませぬか」 「長谷川平蔵の女房が、さほどに融通がきかぬでよいものかな」 「そうおっしゃられますと……」 苦笑して立ちあがった久栄が、寝間の飾り戸棚に置いてある煙草盆と煙管を取りに行ったかと おもうと、 「あれ……?」 「どうした?」 「ございませぬ」 「何が?」 「亡き父上おかたみの煙管が……」 「よく、さがして見よ」 |
文庫 6 − 「盗賊人相書」 |
その、おうのが仰向けにねむっているのを、竹仙は横眼で見まもった。おおいをかけた行燈の 灯りに、暑さにはだけた妻の胸もとから、乳房の上部の脹りが妙に生ま生ましく浮きあがって見 える。 竹仙は、生つばをのみこみ、両眼を閉じた。 が……。やはり、ねむれない。 胸さわぎは、ひどくなるばかりであった。(中略) 急に、竹仙は、何も彼も忘れようとするかのような烈しさで、おうのの躰を抱きしめた。 「あ……あれ、どうなさいました?」 「おうの……おうの……」 「あれ、そんな……ちょっと、あなた、そんなに強くしては、あの、乳房が痛うございますよ」 |
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