親爺の鬼平 - 艶物話

-- お盗め --

事 始 め
言わずと知れた
お 盗 め
嘗  帳
市中探索
文庫4
文庫5
文庫6
文庫 6 − 「猫じゃらしの女」
  火付盗賊改方の密偵・伊三次の躰の下で、女は、まるで瘡にかかったように、四肢を烈しくふ
 るわせ、白眼を剥き出しにしてしまい、
 「ああ、もう……もっとだよ、伊三さん。も、もっとだったら……」
  無我夢中の声をふりしぼっている。
  何を「もっと……」というのか……。
  つまり、もっと強く、もっと烈しく、伊三次に、
 (せめたてておくれ)
  と、いっているのだ。(中略)
  およねが、小柄で細い、浅ぐろい肌の躰を汗まみれにして勝手なことをしたり、たわごとを口
 走ったりしているのを見下しながら、おのれの腰で鳴る鈴の音をきいていると、
 (この女は、ほんとに好きでいやがるのだなあ……)
  おもいもするし、
 (けっ。ばかばかしい。おれをなんだとおもっていやがる。金をはらってたのしむのは、こっち
 のはずじゃあねえか)
  急に、興ざめのかたちとなってしまった。
文庫 6 − 「狐火」
  おまさは二代目にいい、中二階の一問きりのせまい部屋へ上って、床をのべはじめた。床をの
 べながら、おまさは二代目が上へあがってくる気配を知り、知りながら逃げなかった。
 「おまさ……」
  二代目・勇五郎が、おまさを背後から抱きしめ、
 「会いたかった……」
 「い、いけませんよ、二代目。いけ……」
 「先代は、もういねえのだ」
  勇五郎の熱い唇をうなじへ押しつけられたとき、もう、おまさは、
 (どうにでもなれ……)
 と、おもった。
 「あ……二代目……」
 「か、変らねえ。お前は、ちっとも、変っちゃあいねえ」
 「でも、こんなじゃあ嫌。あ、汗をふいてから……ふいてからにして……」
 「お前の汗の、どこがいけねえ」
 「ああ…もう……」
  堅く引きしまった勇五郎の筋肉の中へ、おまさの躰が巻きしめられていった。
 「に、二代目……もう、おかみさんが……?」
 「いるものか、いるはずあねえ」
 「ほんとうに……?」
 「お前、なってくれるか、女房に……」
  こたえはなかった。そのかわりおまさは、われから双腕に渾身のちからをこめ、勇五郎の背を
 抱きしめていったのだ。
  小房の粂八が、酒を買いに岸へあがった後で、相模の彦十が平蔵へ、
 「いや、どうも……おもいがけねえ場所へ来たもので」
 「まったくなあ……」
  と、長谷川平蔵がほろ苦く笑って、
 「あの板塀に囲まれた家は、先代の狐火が・・・・・・お静と住んでいたものだ。彦や。おれだって、
 ちゃんとおぼえていらあな」
 「へっ、ヘへ、へ……」
 「妙な笑い方をするな」
 「二十年も前になりやすねえ」
 「そうさ」
 「長谷川さまは、先代・狐火の妾のお静さんとできちまった。それをまた、まだ十二か十三のお
 まさが、小むすめのやきもちをやいてねえ」
 「そんなことが、あったのか……」
 「とぼけちゃあ、いけませんや」
 「あのころの、おまさは、まだ子どもよ」
 「女の十二、三は、躰はともかく、気もちはもう、いっぱしの女でござんすよう」
  お静は無口だが、誠実な女で、まだ商売の水になじんでいないところが、先代の気に入ったの
 である。
  そうした若いお静へ、先代の狐火は、わざと地味な衣裳を着せてみたり、そうかとおもうと
 〔だるま返し〕のようなくずれた髪かたちをさせたりして、たのしんでいたものである。
 「お静はいい。こんなにおとなしい女を見たことはねえ」
  と、先代は大よろこびで、なめるようにして可愛がった。
  当時の彼は四十五、六歳であったろうか。盗みばたらきもあぶらが乗りきったところで、大仕
 事の後の骨やすめには、おもいきり金をつかって遊んだ。
  そのころの鶴の忠助や相模の彦十と、長谷川平蔵とは切っても切れぬ間柄であったから、当然、
 先代の狐火にも引き合わされ、
 「おもしろいお人だ。御旗本の御次男坊でも、若いうちは、いろいろなことをしておきなさるが
 薬でございますよ」
  暴れ放題に暴れていた若い平蔵を隠れ家へ呼び、酒をのませたり、泊らせたり、
 「ほれ、遊んで来なせえ」
  ぽんと、小判を何枚もくれてよこしたりした。
  さ、そこで……。
  平蔵とお静が、できてしまったのである。
  先代が、小田原にいる妾のお吉と又太郎のもとへ出かけている間に、二人はだかかかか間柄に
 なってしまった。
  手を出したのは、平蔵のほうだ。(中略)
 「お前さんは、武家方のお子だ。人のもちものを盗っちゃあいけねえ。盗人のおれが、こんなこ
 とをいうのはおかしいようなものだが、お前さんだからいうのさ。人のもちものでも、金ならま
 だゆるせる。だがねえ、女はいけませんよ」
  きびしくきめつけられて、平蔵は、一言も返すことばがなかったという。
  それから先代は、お静を平蔵に会わせず、江戸から京都へ連れ去った。女房がいる家ではなく、
 別の所へお静を囲ったものらしい。
 「二代目・狐火の勇五郎は、京の仏具屋、今津屋又太郎として、一月前に、みまかりましてござ
 います」
 「死んだと……」
 「はい」
 「もしや……もしや、おれが切り落した腕の傷が原因になってではないのか?」
 「いいえ……」
 「では、どうして?」
 「流行病いにかかりまして……」
  そういえば、この春先に、京都では疫病が猜獄をきわめたことを平蔵もききおよんでいる。
 「そうであったのか……」
 「あっけないことでございました」
 「気の毒に、のう……」
 「ですが、おまさにとりましては、この一年足らずの月日が十年にも百年にも思えます。二代目
 ……いえ、仏具屋又太郎の女房として暮せたのですから……」
「うれしかったか、それほどに……」
文庫 6 − 「大川の隠居」
 「まだまだ油断はなりませぬ。立泉先生は、三月ほどやすむようにおっしやったではございませ
 ぬか」
 「ばかな。あれは冗談と申すものだ。三月も寝ていてみよ。おれが躰に黴が生えるわ。よいのか、
 それでも……黴だらけの亭主に抱かれて見よ、お前にも、その黴がうつってしまうぞ」
 「ま、そのような大声にて……」
 「もっとも、このごろは久しく、お前を抱かぬ。さて、この前はいつであったか……」
 「おやめあそばせ」
  白粥に半熟玉子、梅干という朝餉も、今朝は、ことのほかうまかった。
 「久栄」
 「はい」
 「たのみがある。只の一服でよいのだが……」
 「煙草、でございますか?」
 「いっぷくといえば、煙草にきまっているではないか」
 「なりませぬ。立泉先生より、煙草はかたく禁じられているではございませぬか」
 「長谷川平蔵の女房が、さほどに融通がきかぬでよいものかな」
 「そうおっしゃられますと……」
  苦笑して立ちあがった久栄が、寝間の飾り戸棚に置いてある煙草盆と煙管を取りに行ったかと
 おもうと、
 「あれ……?」
 「どうした?」
 「ございませぬ」
 「何が?」
 「亡き父上おかたみの煙管が……」
 「よく、さがして見よ」
文庫 6 − 「盗賊人相書」
  その、おうのが仰向けにねむっているのを、竹仙は横眼で見まもった。おおいをかけた行燈の
 灯りに、暑さにはだけた妻の胸もとから、乳房の上部の脹りが妙に生ま生ましく浮きあがって見
 える。
  竹仙は、生つばをのみこみ、両眼を閉じた。
  が……。やはり、ねむれない。
  胸さわぎは、ひどくなるばかりであった。(中略)
  急に、竹仙は、何も彼も忘れようとするかのような烈しさで、おうのの躰を抱きしめた。
 「あ……あれ、どうなさいました?」
 「おうの……おうの……」
 「あれ、そんな……ちょっと、あなた、そんなに強くしては、あの、乳房が痛うございますよ」

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