親爺の鬼平 - 艶物話

-- お盗め --

事 始 め
言わずと知れた
お 盗 め
嘗  帳
市中探索
文庫 5 − 「深川・千鳥橋」
  お元は、万三のむすめといってもよい年ごろなのだが、痩せこけていて肌の色はあさぐろいし、
 双眸だけが大きくぬれぬれとしているけれども、低い、ちんまりとした鼻すじといい、ぽってり
 と厚い唇といい、そのころの女としては、およそ、
 (見栄えのしない……)
  女なのである。
  無口で、陰気だし、万三自身が、
 (なんで、こんな女を……)
  気に入ってしまったものか、
 (手前でも、わからねえ)
  のであった。
文庫 5 − 「女賊」
 「どんなことでもします、どんなことでも・・・・・・」
  女は、双腕に幸太郎の腰を巻きしめ、だまっていた。
  かすかに雨戸の隙間からながれこんで来る淡い光りにさえ、その女の双腕のあぶらがねっとり
 と浮いて見えた。
 「もう、帰れません。今日は、お店にだまって出て来たのです。おかみさんに逢うために・・・・・・」
 「そうかえ、ありがとうよ」
  かすれた女の声であった。
 「おいてくれますか、おかみさんのところへ……」
 「あ、そうしてもいい」
 「お、おかみさん……」
 「あたしも、牛天神下の井筒屋の女房だけれど、主人は養子だし、なんでもあたしのおもうまま
 になる。あたしもねえ、幸さん。上野山下の甘酒やで、お前さんをひと目見て、どうにもたまら
 なくなり……さそいかけて、こんな仲になってしまったのだけど・・・・・・」
 「いいのです、悔んではいません」
 「お前、女は、あたしが、はじめてだとねえ」
 「お、おかみさん……」
 「いいんだよ、いいんだよ」
 「お店では、私のことを怪しんでいます。あまり、おかみさんと逢うものだから……」
 「今日で、何度目かしら?」
 「十、二度目」
 「よく、おぼえていておくれだ。可愛いねえ」
 「だって……だって……」
 「お前、実の両親の顔も知らないのだってねえ」
 「は、はい……ですから、ずいぶん、ひどい目にあってきました」
 「これからは、あたしがお母さんになってあげよう。いやかえ?」
 「そ、そんな……うれしい……」
 「お母さんと、それからお前の色女……
 「おかみさん、うれしい……」
 「さ、もっと強く……ねえ、そんなことじゃあ、いやだったら……はずかしいことなぞ、ありゃ
 あしない。ね、幸さん。そうだろう、だから、こうして……」
  夏ぶとんの底から、急に、女のふてぶてしいまでに肉のみちた腰が浮きあがり、入れちがいに、
 乳房に埋まっていた幸太郎の顔が枕の下へ沈んだ。
 「あ、勝さん。お待ち」
 「なんです?」
 「明日の夜明けでいいよ」
 「ですが、そうときまったら……」
 「ここへ、おいでな」
 「久しぶりだ。抱いてあげるよ」
  四十をこえた番頭・勝四郎の顔が、感激のあまり泣き出しそうな表情をつくった。
 「さ、おいで。けれど、みんなもまだ起きている。この前のときのように、むやみに荒っぽくし
 ちゃあ困るよ。さ、早く……じゃまなものをぬいだらいい」
文庫 5 − 「山吹屋お勝」
 「おしの……」
 「もう、何もいわないで……」
  お勝の双腕が、いつの間にか、利八のくびすじを巻きしめていた。両眼をかたく閉ざし、あえ
 ぎを昂めつつ、お勝が全身の重味を利八へあずけてきた。
  せまい部屋の中に、お勝の肌のにおいがたちこめてきはじめた。
  うめくように利八が、
 「巣鴨の仙右衛門というお人は、お前のことを、亡くなったおふくろさまのにおいがする、と、
 いっていなすったそうだ」
 「ああ、もう……だまって……」
 「お、おしの……」
 「だまって……抱いておくんなさい、しっかりと……ねえ……ねえ……」
 「こ、こうか……」
 「こんなときが、来るとは、おもいませんでしたよ……」
 「お、おれもだ……」
 「ね……むかしのように、ねえ……利八さん……」
  これから二人は、一刻(二時間)もの問、離れから出て来なかった。
 「あら、大変だよ。こんなとき、仙右衛門の旦那が来なすったら、大さわぎになるだろうね」
 「それにしてもさ。お勝さんも、あれでなかなか大したものじゃあないかね」
 「ふだんは、おとなしそうに、にやにや笑っているだけなのに、とんだ喰わせものだ」
  などと、山吹屋の女たちが、渡り廊下の向うの〔離れ〕を見やりながら、ひそひそ語り合って
 いたようである。
  お勝は、三沢仙右衛門へ、
 「ちゃんと女房にして下さるのなら……」
  と、いい、それまでは、
 「おふくろの乳のにおいがする……」
  肉体も、おあずけにしてあるものだから、仙右衛門老人は、着物の上から抱いたりさすったり
 するだけでは、
 「まんじゅうの皮だけ食べさせて、餡はおあずけ、というのでは、たまったものではない」
  興奮の極に達し、
 「だれがなんといおうとも、三日ほどのうちには、お勝を屋敷へつれて来るぞ」
  と、宣告したのは、実に今朝のことで、これをすぐさま、初造が役宅へ駈けつけ、
 「まことにどうも、困ったことに……」
  平蔵へ告げている。

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